今回のテーマはでんぱ組の「歌声の幅」です。初の前後編構成で、前編の今回では第1期6人時代前期までの、歌声の幅の拡がりを辿ります。
はじめに
アイドル歌手にとってその歌声(ここでは「声質」と「歌い方」と定義)、そして楽曲との組み合わせはその魅力を大きく左右する。いわゆる歌唱力は2の次だ*1*2。
でんぱ組の成功の要因の一つは、コンセプトとする萌えキュンソングに合った特徴的な歌声を持ち、しかもその歌声をセルフプロデュースできるメンバーを集めたことにある。
本稿では、独自の視覚化手法を用い、でんぱ組の歴史が実は歌声の幅を広げていく過程であることを示す。
歌声の幅の表記方法
本稿では歌声の特徴を視覚的にわかりやすく伝えるため、以下の2次元による表記方法を用いる。
本表記では縦軸が声質、横軸が歌い方を表わす。
まず、縦軸に対応する声質について説明する。声質とは本来単純に1次元で表現できないものであるが、ここでは「ソフト⇔シャープ」に単純化してしている。これは下記記事の分類をパク、いや、参考にしたものである。さすがミュージシャンだけあって的確な観点だと思う。
「シャープ」「ソフト」ではわかりづらいと思うので、それぞれに属する典型的な表現やキーワードを以下に挙げてみる*3。
- シャープ:「立ち上がりが急峻」「マイク乗りがよい」
- ソフト:「ウィスパーボイス」「モヘーッ」
次に「歌い方」に対応する横軸について説明する。ここでも声質と同様、「ドライ⇔ウェット」の一次元に集約している。それぞれに属するのは以下で表現されるような歌声となる*4。
- ドライ:「童女のような」「少年のような」
- ウェット:「技巧派」「しゃくり上げ」「成熟」
「ドライ」な声質というように、声質に一部引きずられるがここではそれも含め歌い方に含める。
この2次元平面に各メンバーの歌声をプロットすることになる。例えば、もがちゃんは左下、ピンキーは左上、えいたそは右上の方に来ることは予想できるだろう。
また、曲に応じた表現の幅の大きさを表現するために、歌い分けの幅の大きさに応じて、拡がりを持たせた円でプロットする。例えば、りさちーは様々な歌い方ができるため、大きな円でプロットする。
いずれにせよプロットの仕方はすべて筆者の主観である*5。
それでは1回目の5人時代*6から順に、この表記方法を用いて歌後の変遷を辿っていく。
幅拡大の第一歩
第1期5人時代を代表するのは次のアルバム。
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この時期における各メンバーの歌声に対する筆者の認識は以下のとおりである
- みりん:「みりん節」に目覚める前であり、マイクを置かされるのはしょうがないと感じるほど〇〇(自粛)
- りさちー:Elements Gardenの上松範康にアドバイスを受け*7、歌に開眼して間もない頃で、まだ歌声のバリエーションの幅は狭い。萌え声だが、割とニュートラル
- ねむ:ほわーんとした萌え声
- えいたそ:すでに「えいたそ」だが、表現力が発展途上
- みぅ:初期モーニング娘。的な粘りっ気のあるアダルトな歌声
それを独断と偏見でプロットしたのが下図となる。円の色は各メンバーの担当カラーである。表現の幅が狭いので円も小さい(お約束だが、りさちーは黒だ)。
この図から、えいたそ、みぅの参加により右上の領域(シャープxウェット)が埋まったのがわかるだろう。
怒涛の拡大
もがちゃんとピンキーが参加して間もない頃である、その時代を代表するのが以下のアルバムだ。
この頃の各メンバーの歌声の特徴を、前山田氏の各メンバーの歌声評*8も踏まえながら整理すると以下のとおりである。
- みりん:桃井はるこを参考にして「みりん節」に目覚める*9
- りさちー:ドスを効かせたり表現力向上
- ねむ:ほわーんとした萌え声完成形
- えいたそ:表現力が徐々に向上
- もが:童女のような声
- ピンキー:少年のような声
それをプロットしたのが下図となる。
この図から判断すると、第1期5人時代から第1期6人時代(前期)の、歌声から見た変化は以下のとおりである。
- もが、ピンキーの参加でドライのダイナミックレンジを拡大
- ドライ側の充実に伴い、元々ドライのみりんちゃんをウェット側にポジションチェンジすることで、みぅの卒業によるウェットの欠落を補強
ダイナミックレンジ拡大が生んだもの
第1期6人時代(前期)までの歌声の幅の変遷のポイントは以下のとおりである(下図も参照)。
①シャープ×ウェットの補強
②ドライのダイナミックレンジの補強
③ポジションチェンジによるウェットの補強
メンバーの補強、歌い方の変更、いずれも常に歌声のダイナミックレンジ拡大につながっていることが一目瞭然だ。
メンバー間の歌声のダイナミックレンジが大きいということは、パートの切り替わりにおいて、表情の変化と緩急が楽曲に生まれる。しかもそれは作り物ではないナチュラルなものだ。
うまくデザインされた緩急はカタルシス、そして感動を生むという*10。
このナチュラルに緩急のある歌声をさらに引き立てるため、最前線のクリエーターがその技術の粋を込め、緩急による最大限のカタルシスを生みだした楽曲がそう、「W.W.D」である。
冒頭に述べた、歌声の幅がでんぱ組の成功の要因の1つである、ということを少しご理解いただけたのではないだろうか。
次回は第1期6人時代の後半以降の歌声の幅の変遷をレビューし、2019年リリースの楽曲の意味を考察する。
*1:先日のテレビ番組「有吉反省会」でマーティ・フリードマンがその魅力を「ヘタウマ」と端的に言い切ってくれた。余談だがもう一つのキーワード「メロディ」も本質的だと思う。
*2:もちろんライブでは音程や声の通りといった意味での歌唱力は非常に重要だが、まずはCDなどの音源である。
*3:もう結果は見えてると思うが笑
*4:これも誰のことか丸わかりだな笑
*5:筆者の野望(笑)はすべてのアイドルの歌声を数少ない次元で人間の直感にあったように表現できるようにすることである、「えいたそボイスの秘密」は実はその基礎固めであったりする。
*6:2人時代や4人時代は正直なところ音源を聴いたことがない
*7:『IDOL AND READ 004』 p.77
*8:『ミュージック・マガジン 2014年 8月号』「でんぱ組.incに名曲を提供するキー・パーソン① 前山田健一」 p.52
*9:以下の記事の2016.02.01の項を参照