弥紀のblog(仮)

アイドル、特にでんぱ組に関する妄想を語ります。twitter(@yaki2019)で記事の正式リリース告知および近況を呟いています。

でんぱ組の歌声に関する一考察 後編「2019年前半の楽曲の意義」

でんぱ組の歌声に対する考察、最終回である今回はねむさん卒業以降を対象にし、2019年前半の楽曲の意義を掘り下げます。

また、一旦執筆したものの、単体では記事にならないため寝かしておいた「いのちのよろこび」感想文をこの機会に放出します。

 

目次

 

ねむさん卒業の影響

前回までの流れで、もう、筆者の言いたいことは何となくわかってきたと思う。一気にねむさん卒業直後に移る。

アルバムで言うと『ワレワレハデンパグミインクダ』からねむさんを除いた状態と考えてほしい。

 

下図にその状態を、第1期6人時代(後期)と比較して示す。

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第1期6人時代(後期)から第2期6人時代への変遷


もがちゃんとねむさんが抜けることで下段から中段左にかけての領域にぽっかり穴が空いてしまった。新規加入したぺろりんの歌声は「下寄り」であり一部埋めることができたが、まだ表現の幅が狭く、欠落した領域が大きいままだ。

もう一人の新メンバーねもちゃんの歌声は明らかに右上であり、バランスに偏りが生じてしまった*1

 

このように歌声に偏りが生じると、曲の中での歌声による緩急の度合いが弱くなる。ソフトがあるからハードが活きるし、ドライがあるからウェットが引き立つのだ。

一般論かつ印象論だが、ウェットxハードばかりだと聴いていて疲れる傾向にある。コース料理の途中には箸休め的なものが必要なのでである。

 

2019年前半リリースの新曲の意義

この事態を念頭に置くと、2019年のでんぱ組の動きの意味が理解できてくる。

まずはぺろりんへのテコ入れだ。前節で述べたようにぺろりんはソフト側に残る唯一の駒である。彼女の歌声は非常にいい味を持っているが、いかんせん音程が悪い。CDでは何とでもなるが、ライブのことを考えると、ここぞというパートを任せられない。「ライブの質の高さ」はでんぱ組のブランド力の源泉で1つであるが、そのクオリティを落とすわけにはいかないのだ。その危機感が、2019年前半のもふくちゃんのぺろりんに対する指導である。彼女はもふくちゃんの厳しい言葉にもついていき*2*3、少しずつ成果が出ているように思う*4

 

矢継ぎ早にリリースされた新曲もこの観点で理解することが可能だ。方向性がバラバラで、でんぱ組はどこに向かっているのか?と言われた楽曲群のことだ。

以下に要約するようにいずれもメンバーに新しい歌い方を求めていることがわかるからだ。なお脚注には筆者の各曲に対するコメントを記載している。

  • 子♡丑♡寅♡卯♡辰♡巳♡*5:超高速な歌詞

  • 秋の葉の原っぱで*6ナチュラルな発声*7、アカペラのユニゾン
  • いのちのよろこび(本記事末の「おまけ」参照)*8:アカペラのハモリ、超低音
  • 形而上学的、魔法*9:フラットな発声、オートチューン、難しい譜割り

ここまで読んだ方はその狙いがわかるのではないだろうか。それは、今までにないタイプの楽曲を与え、それに合った歌い方をメンバーに考えさせることで、これまでの定番化した歌声のパターンから抜け出し、新しい歌声の魅力が生まれることへの期待であり、前回触れたセルフプロデュース力を信じたものだ*10

その成果は正直まだまだだと思うが、例えば、りさちーの「いのちのよろこび」のヨーデル風の歌唱や、「形而上学的、魔法」のBメロのリズミカルでクールな歌唱*11は「ボーカリスト相沢梨紗』ここにあり」と言い放っているがごとく活き活きとしており、それだけでも個人的には意味があった。

この試みは、単に欠けた領域を補うという守りの姿勢だけでなく、「シャープ⇔ソフト」「ウェット⇔ドライ」を超える新しい座標軸を作る、という攻めの姿勢や気概を示している、というのは言いすぎだろうか。

 

それは聴く側の態度に対しても同じだ。つまり、歌声に対する期待を変えることであり、むしろこちらの要素が大きいかもしれない。それはでんぱ組ファンの音楽的キャパシティグループに対する愛を信じた「振り落とされず、ついてこいよ」という宣言なのだ。

 

 

おまけ 「いのちのよろこび」感想文

本曲を聴き始めて最初の1、2日は、既存の玉屋2060%氏(以下玉屋氏)提供曲との類似が気になり、焼き直し的な少しネガティブな印象を持ったが、3日目くらいから急速にハマっていった。

 

個人的なツボは♪バナナ甘い♪からのソロパートだ。

様々なエスニック音楽の要素をごっちゃまぜにした怪しげなアレンジを伴った神秘的なメロディが、各メンバーの個性的な声で順に歌われる。「いのちのよろこび」を歌詞だけでなく音で感じさせる、まさに音の饗宴である。

同部分における各メンバーの歌唱も素晴らしい。特に印象に残ったのは、ピンキーの意外に男前な声と、りさちーのほとんどヨーデルの歌声だ。

まだまだ今後の伸びしろは大きいことを感じさせる。

 

サビもまた魅力的だ。

サビのメロディで気がつくのが、前半において音程の跳躍がほとんどない点である。既存曲の玉屋氏のメロディは、跳躍が多いがメロディアスで親しみやすい点が特徴だからである。

今回の曲はサビ前半の跳躍をあえて抑えめにすることで、自然の雄大さを表現しているように思う。それは特に落ちサビにおいて顕著だ。サバンナに夕日が沈むのが目に浮かぶ。

一方、サビ後半は音程を跳躍させることで自然を前にした人間の感情の迸りを表している、とさえ思えてしまう。その対比が劇的で本曲のテーマと思われる「いきもの賛歌」「地球賛歌」にマッチしている。

 

ちなみに玉屋氏は自身で仮歌を用意するそうだ。*12メンバーの歌真似までしている前山田氏の仮歌もそうだが、 玉屋氏の仮歌を一度聴いてみたいものだ。

 

 

 

*1:ねもちゃんが悪いわけではないので誤解なきよう。

*2:新しい時代に、新しい刺激とワクワク感を! でんぱ組.inc 古川未鈴 × もふくちゃん座談会 - OTOTOY

*3:MARQUEE Vol.132』「ぺろりん先生のアイドルサイエンス」

もふくちゃん 私はとにかく、ぺろりんの音痴を直します。

筆者としては、音痴というより腹筋などフィジカルな問題のような気がする。

ちなみに、直前の脚注の記事中で、ぺろりんが「おびえた目のまま取材が終わっ」た記事はこれの模様。

*4:9月18日のライブに参戦し、「形而上学的、魔法」だったと思うが、難しいフレーズを一音も外さず歌い切ったのを確認し、曲の途中にも関わらず小さく拍手してしまった。ネット上では上手くなったという声が挙がっていたが、自らの耳で確認できてよかった。

*5:過去の記事参照

yaki.hatenablog.jp

 

*6:でんぱ組結成10周年曲(どこを起点にするかはおいといて)。みりんちゃんの消え入りそうな歌唱、冬の木洩れ日のようなえいたその歌声も聴きどころだが、ライブでのイヤモニを外してのPA無しでのアカペラ、ここに尽きる。

*7:本曲、「形而上学的、魔法」そして「私のことを愛してくれた沢山の人達へ」で「みりん節」を封じられているのはみりんちゃんに対する一種の試練なのであるが、本人はあまりそうだと感じていないようだ。みりん推しとしては歌でもう一皮剥けてほしい。お願いだから。

*8:「えいたそボイスの秘密」企画の面から本曲には言わせてもらいたいことがある。本曲のInstrumental版には「ウッハヤー合唱団」の声が入っていない、そして、トラックダウンの際のミックスが歌入り版と異なるのだ。これではメンバーのボーカルだけを抽出できないではないか!せっかく期待していたのに。

*9:オンリーワンだけでなく、ナンバーワンにもなれることを証明した曲。「でんぱ組.inc」というラベル抜きで、良質なJ-POPとして聴ける。でんぱ組の楽曲の魅力の1つは、ポップで親しみやすいのにありふれていないメロディにあるが、本曲もその例に漏れない。諭吉佳作, menのメロディメイカーとしての才能の迸りを感じる。

*10:これは全くの妄想ではない。もふくちゃんはみりんちゃんとの対談で次のように言っている。

もふくちゃん : あのときは「くちづけキボンヌ」はでんぱに合ってないなって思ったんですけど、 そこからちゃんと持ち曲としてなじんでいったから、だんだん慣れていくだろうと。形而上学的、魔法」がでんぱの持ち曲としてなじんだ頃には、もっと音楽的にいろんなことができるだろうなと思って。(『新しい時代に、新しい刺激とワクワク感を! でんぱ組.inc 古川未鈴 × もふくちゃん座談会 - OTOTOY』)

*11:同じパートを別のメンバー(誰とは言わないが)が歌っているところを冷静に比べてみてほしい。りさちーの上手さは歴然としている。

*12:「僕がディレクションできるときとそうでないときがあるので、仮歌はなるべく細かいニュアンスが伝わるようにしていますね」(『サウンド&レコーディング・マガジン 2018年10月号』)