今回は、周波数スペクトル分析を行った結果を報告します。これにより、前回までの観察で得た知見を周波数領域で精密に定量的に観察することができます。
まとめ
目次
周波数スペクトルの観察結果
まず、被験者eitasoの周波数スペクトルを観察する。
下図をご覧いただきたい。各音程中の波形の安定した中央部を抽出しフーリエ変換したものである(分析条件は末尾に記載)。
15kHzくらいまで、ピークが均等に出現していることがわかる。このピークは前回説明した倍音であり、高次まで明確に表れている。
倍音のピークが明確に表れるということは非整数次の倍音が少ないことを意味する。非整数次の倍音とは、基音の整数倍以外の周波数を持つ倍音のことで、一般的には雑音成分として扱われる。要は雑音成分が少ないということだ。
参考までに他の被験者のC4、C5での周波数スペクトルを掲載する。被験者nemuとrisaのC5で高域までピークが比較的明確だが、C4も含めたときに、eitasoの整数次倍音の明確さは明らかだ。
その他の歌手との比較
以下のサイトでは、BABYMEALのSU-METALをはじめ、数名の歌手の周波数スペクトルがある。収録条件は異なるが、参考のため比較してみよう。
比較しやすいように、同一ツールで同一分析条件で分析した被験者eitasoの周波数スペクトルを以下に示す。
同サイトにはSU-METALをはじめ、数人の歌手の周波数スペクトルが掲載されているが、高い周波数まで整数次倍音のピークが高いという点で被験者eitasoの周波数スペクトルはSU-METALと形状が非常に似ていることに驚かされる。ぜひ、実際に比べてみてほしい。
また、同サイトは、SU-METALの周波数スペクトルは、民謡歌手や赤ん坊に似ているという興味深い指摘をしている。比較してみると確かに、民謡歌手や赤ん坊の周波数スペクトルも被験者eitasoに似ている。
被験者eitasoの歌声も(特に和風のメロディで)民謡っぽく響くときがある。また、赤ん坊の声に似ているということは「萌え」要素と関連するかもしれない。今後調べてみたいところである。
ちなみに分析対象となったSU-METALの歌声自体*1は、被験者eitasoと同様、声の存在感があり、声の通りも非常によいものの、音色面の類似性は感じられなかった。次回取り上げる、周波数スペクトルの大まかな外形(スペクトル包絡)が異なるからかもしれない。
整数次倍音の効果について
尺八奏者の中村明一氏は著書「倍音 音・ことば・身体の文化誌」で整数次倍音の与える印象について次のように述べている。
<整数倍音を>を聴くと、私たちは荘厳な雰囲気を感じたり、自然を超えたもの、普遍性、宇宙的なもの、神々しさ、宗教性を感じる傾向があるようです。
さらに、「美空ひばり」や「浜崎あゆみ」を例に挙げ、次のように言い切っている*2。
また、高次の<整数次倍音>を多く含む声で歌ったり話しているその人に対しても、カリスマ性を感じる傾向があります。
これらについて客観的根拠の記載がないのが気になるが(周波数スペクトルさえ掲載されていない)、確かに言われてみれば、えいたその声はカリスマ性があるように感じられる(笑)。
一方、非整数次倍音については次のように特徴づけている。
一方、[非整数次倍音]を聴いたときに生じる現象としてhあ、自然を思い起こさせたり、「シーッ」という声が示すように注意を喚起させたり、また情緒性、親密性を感じたり、日本語においては「重要である」という意味を伝えたり、といったことがあります。
えいたそは歌いだす直前に結構息遣いが激しかったりするのは、無意識のうちに非整数次倍音で聞き手の注意を喚起しようとしているのかもしれない。
次回予告
次回はスペクトル包絡について分析する。
人間の声の分析は、一般的に声帯による音源が、声帯から唇までの管(声道)による共鳴でフィルタ加工されたものと仮定し、「音源」と「フィルタ」の特性に分離して行うことが多い。上記の周波数スペクトルにおいては、細かな上下が音源による特性に対応し、大まかな形状(スペクトル包絡)がフィルタによる特性に相当する。
音源とフィルタのうち、フィルタの特性は音色にとって重要であり、特にフィルタの共鳴はフォルマントと呼ばれ、その周波数(フォルマント周波数)は、母音の区別や個人性に影響することから音色の解析において非常に重視される。
分析条件
試料
下記と共通のものを使用。
ツール
MATLAB r2019b + signal processing toolbox
分析窓:Hanning窓、0.045sec(周波数分解能を高めるため長めに設定)
FFTサンプル窓:2048
WaveSurfer 1.8.8p5