みりんちゃんと音楽
さらに、楽器経験も豊富だ。ずっとピアノを習っているのに加えて、中学時代はいじめからの逃げ場として、吹奏楽部でクラリネットに熱中した。そして、ゲームではあるものの、マイスティックを持つほどドラムスに熱中した。
理想と現実
アイドルになるわずかな可能性を信じて辿り着いた秋葉原で音楽活動を始めるも、そこで選ぶ曲には自身が憧れる、SPEED、モーニング娘。水樹奈々の名はほとんどない、
彼女のブログにおける最初期のソロ活動のライブのセトリを見てみよう。
きのうは | でんぱ組.inc 古川未鈴オフィシャルブログ「みりんのメモ帳.txt」Powered by Ameba
アニソン2曲とゲーム音楽1曲である。この選曲は、秋葉原の客層を考慮した一種のマーケティング感覚の表れであろう*2。カラオケでは皆の盛り上がる有名な曲を選ぶ彼女らしい。
それとともに自己の資質に対する冷徹な判断があるようだ。ミュージック・マガジンでの吉田豪氏のインタビューで、もふくちゃんはみりんちゃんの気持ちを代弁する。
―もともと、SPEEDみたいなことをやりたかった人でしたもんね(笑)。
そう(笑)。でも自分がSPEEDとかの歌は合わないってことはよく知ってるから。
ホントは水樹奈々になりたいんですけど、水樹奈々は自分に合わないってこと知ってるから、たぶん私がやりたいことと合うことの違いを本能的にわかってたんだと思うんですね。
葛藤があったと思う。しかし、アイドルとして売れて、いじめた奴らを見返すという夢の実現のためには、自身の小さなこだわりを捨てることを決断したのだろう。
そしてでんぱ組では好きでもない電波ソングを歌うことになる(本件については次回に譲る)。
でんぱ組を始めてからは、自身の歌のスキルのなさにも直面する。
新しい時代に、新しい刺激とワクワク感を! でんぱ組.inc 古川未鈴 × もふくちゃん座談会 - OTOTOY
私、実は歌が超下手で、「キラキラチューン」(2012年)とか歌割り1個しかないんです。「ORANGE RIUM」(2013年)も1個しかないんですよ、実は。「ORANGE RIUM」も、初期はもっと歌割りがあったんですけど、レコーディングして「みりん、お前下手だから減らしたから」って言われたのをよく覚えてて(笑)。
確かにデビュー当時の彼女の歌はかなり微妙だった。しかし、自身がファウンダーであるでんぱ組で歌割を減らされるなんて、Appleを追い出されたかつてのスティーブ・ジョブズを彷彿させる(笑)。
ありのままの自分の受容へ
彼女は「へこんでいる暇があったら練習」を実践し、歌のスキルを磨いた。その結果、第一回武道館公演の頃には、前述のミュージック・マガジン誌において前山田氏にこう言わしめるまでに成長する。
あと最近レコーディングの時のクオリティ、ピッチやリズムが完璧になってきているので、シンガーとして梨沙とみりんはすごく頼りになる存在です。
技術の向上だけでない。自身の声を素直に受け容れることができるようになった。SPEEDも水樹奈々も似合わない声をである。それが名盤GOGO DEMPA発売時のインタビューにおける、今回取り上げる言葉だ。
自分の歌声も嫌いだったけど、一生この声と付き合っていくんだから、この声が輝けるような歌い方を見つけるしかないんだなって思うようになりました。本当は透き通った声になりたかったですけどね(笑)
最後の(笑)がいい。強がりだけではない静かな自信を感じさせる。葛藤と研鑽とを積み重ねてきた末の境地であろう。
筆者は、ねむさんの「でんぱ組は『古川未鈴物語』」説に激しく共感する。
物語のテーマの一つとして、成功の過程や殻を破っていく過程はもちろんだが、「ありのままの自身の受容の過程」は欠かすことはできない。
声質や顔のように努力だけではどうにもならないものを、ありのまま抱擁できるようになる過程、それは見るものに感動を与え、パフォーマンスを深みのあるものにする。
その表れを筆者は「世界が私の味方ならば...」に見る。本曲の1番Aメロで、みりん節を抑えめにして淡々と歌う、その様が曲にマッチして無性に心に染み入る。
*1:この回のことを知ったのは「でんぱの神神 - 私とでんぱ組.inc」のおかげです。ブログ主の方には感謝いたします
*2:ジャンルとしてのアニソンをあまり熱く語らないような気がするのは、りさちーやえいたそへの遠慮だろうか。