前回に引き続き物語論。脚注も読んでいただけると幸甚です。全体の目次はこちら。
キーワード:本物、生きづらさ、承認欲求、トリックスター最上もが、主人公の資質
目次
前回、でんぱ組の物語を3種類のサブストーリーに分けて論じ、それらを深く真正なものにしている特殊性があると述べた。
それを表わすキーワードは「本物」である。
でんぱ組の「本物」には2つの要素がある。今回は、その1つ目である、「本物」のキャラクターである。
「本物」であることの「生きづらさ」
でんぱ組のメンバーに共通する特性として、でんぱ組の創設者の一人であり、プロデューサーのもふくちゃんは「本物」という点を挙げた*1。別の場では「本物のダメ感」「ポンコツ感」*2とも言っている。
「本物」が何を指しているかは出典を参照いただくとして、筆者なりに敷衍すれば「不完全さ」と「真っすぐさ」であろう。この2つは誰しも持つ要素だが、でんぱ組のメンバーはその度合いが極端なのだ。その結果生まれるのが学校や社会での「生きづらさ」であり、多くのメンバーが経験した引きこもりにつながる*3。居場所を求めて最終的に辿り着いたのが秋葉原ディアステージ。その境遇を前山田氏は「マイナス」と表現した。
強い「承認欲求」
その一方で「生きづらさ」を抱えるからこその強い「承認欲求」。
みりんちゃんのアイドルになりたい執念に代表されるように、メンバーは皆、強い「承認欲求」をでんぱ組加入前から持っていた*4。ここで「承認欲求」というのは、自身の感性、考え、存在を認めてほしいという文字通りの意味である*5。
「でんぱ組.inc」結成当初、メンバーはある意味打算でグループに参加した。リスペクトする作家の楽曲でデビューできるからだ。それぞれの「承認欲求」と、そこから生じる自らの夢「声優」「美術家」「アニメシンガー」が第一で、グループは二の次。アイドルになることを夢みていたみりんちゃんですらそうだった*6。
One For All, All For One
しかし、「アイドル横丁杯」「武道館」と目標が明確化されたことが彼女たちに変化を迫る*7。
当初は互いの「生きづらさ」を理解するがゆえ、言いたいこともいえない状態が続くものの、目標を前に覚悟を決め、互いの「真っすぐさ」「承認欲求」をぶつけ合わざるを得なくなる*8*9。「でんぱの神神」で見られるように、もがちゃんはそこで重要な役割を果たす。まるで物語のトリックスターのように。
その過程で「不完全さ」の克服・昇華・止揚が生じる。ぶつかっても建設的な方向に進むのは、彼女たちが互いの「生きづらさ」を理解できるだけでなく、非常に聡明で理知的であったからだろう*10。
それらは前述の「でんぱの神神」やSNSによりほぼリアルタイムでファンに共有され、共感を呼ぶとともに、前回提示した「各メンバーの成長と成功の物語」*11や「メンバー間の友情物語」を芳醇なものとした。
また、自分の居場所であるグループ内での自他の持ち味を知ることで、「ダンス」「トーク力」「ルックス」など自身の強みでグループに貢献するという意識が芽生えてきた。もちろん自らの承認欲求は満たしつつ*12。そもそも、欠落と特異な才能を併せ持つことは主人公の資質である。そういった主人公気質のキャラの立ったメンバー同士が互いの持ち味を出しながら勝利に向かっていく。
まさしく「 血沸き肉躍るサクセスストーリー」としか言いようがないではないか。
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以上述べたことは次のようにまとめられる(下図も参照)。
- 「本物」であることによる「生きづらさ」「強い承認欲求」を抱える登場人物が、
- グループとなり目標を明確化されることで、覚悟を決め真剣にぶつかり合い、
- それを通じて成長を遂げ友情を深め、グループそして個人として成功を収める
物語の王道的要素をきっちりと踏まえつつ、現代人が多かれ少なかれ持つ「生きづらさ」「承認欲求」をキーとして、それぞれのサブストーリーが有機的に結びついている。
細部を見れば綻びはあるかもしれない。しかし全体としてみた時、その同時代性のある群像劇としての完成度の高さには驚くばかりだ。「マイナスからのスタート」の下にはこのような骨太で深い物語があった*13。
だからこそ、多くの人の共感・感動を生み、バンドワゴンに乗れなかった筆者でさえ虜にしたのだ。
次回はでんぱ組の物語に真正性を与えている、もう一つの「本物」について考察する。
脚注
もふくちゃんが言葉を選んでいるのに、吉田豪氏がそれを台無しにするところが最高である(笑)。筆者もメンバーの言動を見ていて、いろいろ思うところはある。
*2:『「握手会」はアイドルを疲弊させる? 現役アイドル×プロデューサー×評論家「人間の邪気のようなものを吸ってしまう」』
*3:みりんちゃん、もがちゃんが引きこもっていたことはよく知られているが、りさちーやえいたそもそうだ。
*4:みりんちゃんともがちゃんの承認欲求に関しては下記記事も参照。
*5:2020.04.22追記)
りさちーはインタビュアーに次のように水を向けられて同意する
──わかる気がします。あの頃は「売れたい」「有名になりたい」という思いがグループの原動力だったと思うんですが、それはつまり「認められたい」「愛されたい」ということで。
相沢 そうですね。
『でんぱ組.inc「愛が地球救うんさ!だってでんぱ組.incはファミリーでしょ」インタビュー|今だから歌える愛の形 - 音楽ナタリー 特集・インタビュー 』
*6:『「でんぱ組.incとして輝きたい」古川未鈴|生きる場所なんてどこにもなかった――「W.W.D」発売記念連続インタビュー|でんぱ組.inc|cakes(ケイクス)』
このインタビュー記事で、みりんちゃんは結成当初の気持ちを次のように告白する。
私が有名になるためには、このグループじゃだめかもしれない。
まだの方はこの記事をぜひ読んでほしい。心が震える本当にいい記事なのだ。
*7:このあたりは元チーフマネージャーでありディアステージ 前代表取締役の高瀬氏の功績のようだ。最近名前を見かけないがどうされているのだろうか。
『Interview 03 でんぱ組.inc チーフマネージャー 高瀬裕章さん | 特集記事 | 音楽主義』
*8:言うまでもなく「W.W.D II」のことである
*9:2020.04.22追記
メンバーは当時のことをこのように振り返る。
相沢 あの頃、当時の6人時代はやっぱりギラついてたと思うんですよね。
古川 わかる。全員ぶっ殺す!っていう気持ちでやってたからね(笑)。
藤咲 昔は負けたくないって気持ちが強かったな。
相沢 それぞれ自分との闘いもあるし、メンバー同士いい意味でライバル意識もあって、だから戦友って言ってたんだと思う。
『でんぱ組.inc「愛が地球救うんさ!だってでんぱ組.incはファミリーでしょ」インタビュー|今だから歌える愛の形 - 音楽ナタリー 特集・インタビュー 』)
*10:皆拗らせたヲタクらしく理屈っぽいが、それゆえ合理性で話が解決するところが多いように見受けられる。ちなみにでんぱ.chのみりんちゃんの喋りを聴いていると、論理に偏重しすぎて若干非人間的な部分を感じることがある。勝間和代、ホリエモン、ひろゆきのような(笑)。そこがいいのだ。人間的なピンキーとの対比もいい。
*11:今のえいたそからは想像できないが、加入当初は壁を作り、自分を開示することを拒んできた。そのえいたそがグループでの活動を通じて、鎧を脱ぎ自らをさらけ出せる喜びを知る。
『ミュージック・マガジン 2014年 8月号』「メンバー全員にアンケート」で「最も変わったと思う印象的な一人」としてメンバー4人がえいたその名前を挙げたのがそれを象徴する。まさにトゥインクルイマジネーションだ(笑)。この成長が声優としての成功の一因となったのは間違いない。
*12:その状態をみりんちゃんはこう語る。
だからあれですよ、「攻殻機動隊」で言う「チームプレイは存在しない。あるとすればスタンドプレイから生じるチームワークだけだ」みたいなやつ。どっちかっていうと私はそういう気持ちでやってます。
「でんぱ組.incインタビュー|新体制でライブ再始動、古川未鈴が胸中語る (3/3) - 音楽ナタリー 特集・インタビュー」
*13:彼女たちの才能や努力はもちろんだ。しかし、この構造があったからこそそれがより尊く感じられるのだ。